2010年9月5日公開
2014年5月20日修正
DFTが苦手な計算の代表にn-オクタンから2,2,3,3-テトラメチルブタンへの異性化が知られています (式1).様々な論文・レビューがすでに出版されてますが,今回,様々な分散力補正汎関数を含め,実際に計算してみました.
方法 | ΔE [kcal/mol] | 実験値からの絶対値誤差 [kcal/mol] |
---|---|---|
実験値からの見積り | -1.9±0.5 | - |
BLYP | 9.28 | 11.18 |
PBE | 5.33 | 7.23 |
PBEsol | 1.62 | 3.52 |
BOP | 12.21 | 14.11 |
BLYP-D | -2.87 | 0.97 |
BLYP-D3 | 2.69 | 4.64 |
PBE-D | -2.26 | 0.36 |
B97-D | -1.89 | 0.01 |
TPSS-D | 3.86 | 1.96 |
B3LYP | 8.07 | 9.97 |
B3PW91 | 7.30 | 9.20 |
B97-2 | 8.37 | 10.27 |
B3LYP-D | -2.56 | 0.66 |
B3PW91-D | -3.84 | 1.94 |
LC-BOP | 4.90 | 6.80 |
M06-2X | -1.37 | 0.53 |
B2PLYP | 3.06 | 4.96 |
B2PLYP-D | -2.51 | 0.61 |
B2PLYP-D3 | 0.08 | 1.98 |
B2GP-PLYP-D3 | -0.47 | 1.34 |
SCS-MP2 | -1.76 | 0.14 |
分散力補正していない汎関数 ("-D"のついてない汎関数) は軒並み定性的に誤った結果を与えています.分散力補正なしの汎関数で,定性的に正しい結果を与えたのはM06-2X汎関数のみで,長距離補正汎関数のLC-BOPやダブルハイブリット汎関数のB2PLYPも定性的に誤った結果を与えました.
一方で,分散力補正された汎関数 (DFT-D) は非常によい結果を与えていて,B97-Dでは誤差は0.01 kcal/mol,PBE-Dで0.36 kcal/molとなっています.また,B3LYP-D,B2PLYP-Dといった汎関数も0.6 kcal/mol前後の誤差で予測できています.しかしながら,この結果はDFT-Dのsp3混成の炭素原子に対するC6係数が過剰に大きいためであります (See: Grimme, S. Org. Lett.2010, 12, 4670–4673).このため,その問題が解決されたDFT-D3法ではBLYP-D3,B2PLYP-D3ともに定性的に誤った結果を与えています.一方で,HF項およびPT2項がB2PLYP-D3よりも大きなB2GP-PLYP-D3は定性的に正しい結果を与えており,DFTに根本的な欠陥があります.
また,DFT法ではないSCS-MP2は0.14 kcal/molの誤差で予測できています.
DFTが苦手とするn-オクタンから2,2,3,3-テトラメチルブタンへの異性化についてDFT/def2-TZVPPレベルの計算で異性化エネルギー (ΔE) を計算しました.テストした汎関数の中では,分散力補正されていない汎関数としてはM06-2Xのみが定性的に正しい結果を与えました.
一方で,分散力補正されたDFT (DFT-D) では,いずれの汎関数でも定性的に正しい結果を与えましたが,これはDFT-Dの補正が過剰なためで,間違った理由で一致しているに過ぎません.このため,その問題を解決したDFT-D3では定性的に誤った結果をあたえました.
n-オクタンと2,2,3,3-テトラメチルブタンの構造最適化はPBE汎関数とAhlrichsのTZV(2d,2p)基底関数の組み合わせで,Firefly 7.1.Fを用いて行いました.エネルギー計算はBLYP,BLYP-D,B2PLYP,B2PLYP-D,SCS-MP2ではORCA 2.7.0を,BLYP-D3,B2PLYP-D3,B2GPPLYP-D3計算ではORCA 2.8.0を,その他の汎関数の計算ではGAMESS 12 JAN 2009 (R3)を用いました.ORCAでの計算ではRI-JまたはRI-MP2近似を用いました.基底関数にはdef2-TZVPPを用い,ORCAのRI近似では対応する補助基底関数を使用しました.
n-オクタンから2,2,3,3-テトラメチルブタンへの異性化について計算した論文・レビューとしては,例えば,以下のようなものがあります.