アルカンの炭素数と分子間相互作用エネルギーの関係

2014年1月5日公開

はじめに

アルキル鎖は,難溶性のπ共役化合物に導入して溶媒に対する溶解性を改善したり,有機半導体分子のパッキングを改善して移動度を向上させたりする効果があり,機能性分子の側鎖として広く利用されている置換基です.溶解性の改善にはエチルヘキシル基がよく用いられ,パッキングの改善には例えばオクチル以上の長さのアルキル基が用いられることが多いと思います.では,直鎖アルカンや分岐アルカンの相互作用の強さというのはどれくらいなのでしょうか.分子間相互作用の強さを端的に表すものとしては,融点や沸点があります.例えば沸点は炭素数(分子鎖長)に対して,曲線的に上昇する傾向にあります.一方,融点はよく知られているように偶奇性を示しつつ上昇していきます (図1).

図1:直鎖アルカンの沸点 (青),融点 (赤)

このように融点・沸点を調べると,分子鎖が伸びると分子間相互作用が強くなることがわかりますが,両者は異なる変化の仕方をしており,分子間相互作用の効果以外に,分子量や結晶中のパッキング状態の影響が含まれていると考えられます.そこで本記事では,アルカン同士が相互作用した2量体をモデルとし,量子化学計算によって炭素数と分子間相互作用が純粋にはどのような関係にあるのかを明らかすることにしました.

結果と考察

アルカン同士の相互作用は分散力が主体であり,DFTの場合は分散力補正された汎関数を用いる必要があります.また,相互作用の計算の際には基底関数重ね合わせ誤差 (BSSE) を補正する必要があります.そこで汎関数にはB97-D3(BJ)を,BSSE補正にはgCP法を用いることにしました.また,基底関数には中程度の大きさのdef2-TZVP基底を用いました (以下B97-gCP-D3/def2-TZVPと省略).

直鎖アルカン

図2にC1からC6までのアルカン2量体についてB97-gCP-D3/def2-TZVPで構造最適化を行った構造を示します.メタン (C1) の場合,水素が3つ結合した面同士で相互作用します.エタン (C2) 以降では,プロパン (C3),ブタン (C4) と炭素が増えていくと,アルカンのジグザグ構造が噛みあうようにして相互作用しているのが明らかになります.ヘキサン (C6)以降はただ長くなるだけなので省略します.

図2:C1-C6アルカンまでの2量体構造.(a)メタン2量体,(b)エタン2量体,(c)プロパン2量体,(d)ブタン2量体,(e)ペンタン2量体,(f)ヘキサン2量体

続いて,相互作用エネルギーをC1からC12までのアルカン2量体についてまとめたものを表1および図3に示します.

表1:直鎖アルカン2量体 (C1-C12) の相互作用エネルギー
炭素数 相互作用エネルギー [kcal/mol]
1 -0.59
2 -1.30
3 -2.00
4 -2.86
5 -3.72
6 -4.62
7 -5.50
8 -6.40
9 -7.28
10 -8.18
11 -9.07
12 -9.96
図3:直鎖アルカン2量体 (C1-C12) の相互作用エネルギー

C1からC12までの相互作用エネルギーの回帰式はy = -0.865 x + 0.499でR2値は0.999です.メタン2量体の相互作用エネルギー (-0.59 kcal/mol) は直線からわずかに外れていますが,R2値はかなり1に近く,アルカン同士の相互作用は,炭素数に対して比例すると言えます.

エタンの-1.30 kcal/molからドデカン (C12) の-9.96 kcal/molまではほぼ完全に直線的に変化しています.これは,エタン以降では両末端にメチル基が2つあり,その間のメチレンが0から10個に増えていくだけだからと考えられます.逆に言うと,メタンが直線からわずかにずれているのは,相互作用している基本ユニットが他の分子とは異なっているためと考えられます.

分岐アルカン

図3にtert-ブチル基に対応したイソブタン2量体,および2-エチルヘキシル基に対応した2-エチルヘキサン2量体についてB97-gCP-D3/def2-TZVPで構造最適化を行った構造を示します.イソブタンの場合は,3個のメチル基で置換した面同士で相互作用する配向で構造最適化を行いました.エチルヘキシル基の場合はエチル基の位置や配向の異なる多数の構造の2量体が考えられますが,今回は,エチル基を含む3級炭素が重なる構造 (配向1),ヘキシル鎖がスタックした側面に同じ方向を向いたエチル基が位置する構造 (配向2),ヘキシル差がスタックする上下方向にエチル基が向いている構造 (配向3) の3配向について計算しました.

図2:分岐アルカン2量体の構造.(a)イソブタン2量体,(b)2-エチルヘキサン2量体 (配向1),(c)2-エチルヘキサン2量体 (配向2),(d)2-エチルヘキサン2量体 (配向3)

続いて,相互作用エネルギーを求めました.2量体中の単量体の側鎖の配向はいずれもほぼ同様にしてあるため,2量体中の分子構造の一方を抜き出し,構造最適化を行うことによって単量体のエネルギーを求めて相互作用エネルギーを算出しました (表2).

表2: 分岐アルカン2量体の相互作用エネルギー
化合物 相互作用エネルギー [kcal/mol]
イソブタン -1.75
2-エチルヘキサン2量体 (配向1) -4.75
2-エチルヘキサン2量体 (配向2) -5.08
2-エチルヘキサン2量体 (配向3) -4.90

ブタンの相互作用エネルギーは-2.86 kcal/molでしたが,イソブタンでは-1.75 kcal/molにまで低下しています.これは炭素数が一つ少ない直鎖プロパン(-2.00 kcal/mol)よりも低い値です.

また,2-エチルヘキサンのいずれの配向でも,オクタン (-6.40 kcal/mol) より小さな相互作用エネルギーを示しました.特に,3級炭素同士が重なる配向1では-4.75 kcal/molと炭素が2個少ないヘキサン(-4.62 kcal/mol)とほぼ同等の値になっていますが,これは立体障害のためと考えられます.ヘキシル鎖でのみ相互作用している配向3では-4.90 kcal/molとそれよりもやや大きな値を示しました.3級炭素は立体障害にならない場合は2級炭素よりも相互作用を大きくする効果があるようです (分極率が大きくなっていると考えられる).一方,側鎖のエチル基でも相互作用がありそうな配向3でも相互作用エネルギーは-5.08 kcal/molにとどまっています.

以上の結果から,分岐アルカンは同数の炭素を有する直鎖アルカンよりも分子間相互作用が小さいことがわかります.

結論

直鎖アルカンの分子間相互作用エネルギーは,単純に炭素数に比例することがわかりました (C1-C12の間).これは相互作用する基本ユニットが同じであるからだと考えられます.一方,分岐アルカンでは同数の炭素を有する直鎖アルカンよりも分子間相互作用が小さくなることがわかりました.

計算方法

分散力補正 (DFT-D3(BJ)) を適用した密度汎関数法によって構造最適化を行い,2量体の相互作用エネルギーを求めました.汎関数にはB97-D3(BJ)を用い,基底関数にはdef2-TZVPを用いました.基底関数重ね合わせ誤差はgCP法によって補正を行いました (構造最適化含む).すべての計算はORCA 3.0.0で行いました.